I miss you.

I miss you.

さびしい


・神切後の子🐊と40代🐪


路地の向こう側 (繋がりはないです)




もうすぐ日が沈むという時間帯、街は紅く染まる中を必死に走り暗い小路に入ると角を2回曲がって、ピタリと立ち止まった。

「おやおや」

落書きだらけの路地裏を背に2m以上ありそうな大男がしゃがみこんでいる。

革手袋に装飾の入ったイカついブーツにベルトだらけなコート、肌の一切見えない異質な服装に黒い髪、片手に持ったロリポップが浮いている奇妙な男がそこにいた。

周囲には赤黒い血が広がっている。

血の持ち主も。


──よりにもよって!


もう目があってしまった今ではただの通りすがりにはなれない。慌てて引き返そうとして……背中になにかがぶつかる。

「え……? あれ……」

ふり返るとそこには追いかけて来る海賊も道も消えて汚い壁しかなかった。混乱するおれに男がのんびり話しかけてくる。

「いつからそこにいたの? 全然気づかなかった。気配を消すのが上手だね」

どうやら男はおれがずっとここにいたと勘違いしているらしい。まあ当たり前だろう相手からしたら袋小路の行き止まりから突然飛び出してきた状態だ。

「驚かせてごめんね。怖くないよ」

細切れの死体を足で雑に蹴っている男が怖くないと言う人間などイカレてる。

隙を見つけようと改めて目を合わせると横長の黒い瞳孔だと気づいて尚更苛立つ。この眼の人間にろくな奴がいない。

「? へぇ……」

だが相手も何かに気づいたのかこっちの瞳を覗き込んで来て、後退ろうにも壁に張り付くことしか出来ない。

「君の名前は?」

「ク…………──ガマル」

「へえ、全然合わないね。改名したほうが良いよ」

黙れ、という言葉を飲み込み頷く。

「迷子かな」

「そ、そう。迷子です。この街初めてで」

「観光かな? いい街だよねチョコレートも美味しいし。ホットチョコレート飲んだ? 噴水広場を北に3分、見た目はお店っぽくないんだけどちゃんと経営してるよ行列凄いけど一回は飲んでみてマシュマロが入ってて凄く美味しいビターのがオススメ。あとね」

「迷子なんです」

「ああ、そうだったね。アラッラカナてお店だからね知ってるよね」

「知りません」

「半年前からポスターあちこちに貼ってあるのに?」

「知りません」

「ふうん」

逃げる隙がないのが腹ただしい。そんなところまで似るなと怒りがわく。

「ガマルくん。今何時かわかる?」

「もうすぐ日が沈むから6時。かな」

「違うよ」

「え」

「“もう”違う」

言っている意味が分からず黙っていると手を掴まれる。振り払おうにも強い力でとてもじゃないが無理だった。そのまま優しく手を引かれて袋小路を出ると家々の隙間から覗く太陽は今にも沈みそうだった。

「あのおれ」

「ガマルくんはお兄ちゃんはいる?」

クソが。今日は厄日だ。

「いません」

「そうなんだ私は弟がいるよ」

「そうですか」

手を引く後ろ姿に益々悪印象しか持てない。

「会ってますか」

「前に会った時その面当分見せるなよ。って怒られちゃったんだよね。だから反省して会いたいけど我慢してるよ」

「……それ何時の話ですか」

「3年前」

「はァ?! バカかあんた!」

突然の罵声に驚いたのかギョッとした様子でこっちを向く。

「そんなのものの例えと言うか本気だけど、嘘じゃねェ、けど、ああクソ! とにかく早く会いに行って謝れ!」

オロオロしながらコクコクと頷くのを見て我に返る。隙を見て逃げ出すはずなのに何言ってるんだおれは。

「すみません」

「ううん。ありがとう。やっぱり似てるね」

「……弟に?」

「そう。声も眼も子供の頃とそっくりで驚いたよ」

その割にはちっとも表情が変わらないが。

「おれの知り合いはアンタに似てる」

「どんなところ?」

「眼と喋り方と……甘い物好きで。だけど……知り合いはもっと笑うし…………もっと変だ」

「へえ。会ってみたいね」

無理だと言いかけて止めた。この人にはなんの関係もない話だ。

そういえばいなくなった時もこんな夕暮れ時だったろうか。



「ここかな」

立ち止まった背中にぶつかると軽く謝れて前に出される。

「この路地を真っ直ぐ行けば表通りに出るから」

「ありが……いやでも、ダメだ、おれ実は追われてて」

「大丈夫。流石に一週間たってたら諦めてるよ」

「一週間?」

「歩き出したら振り返らないで」

じゃあね。と小さく手をふる男に迷った末に礼を言うと、

「絶対会いに行けよ」

「うん。分かった」

念を押したけれど本当に分かってるのか不安になる。他人の兄弟事情なんてどうでもいい筈なのにあまりに似すぎて不安だからだろうか。

「ガマルくんは」

男が目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

「キミは知り合いの事、好き?」

「…き」

喉がつかえた。今更意地を張っても何も変わらない事実が悔しくて何かが込み上げてきたような気がしたが無理やり蓋をした。

「嫌いじゃなかったよ」

「本当?」

「……おれを助けてくれたから。それだけで」

処刑されてもう会えないけど。そう口にしようと顔を上げるとニッコリ笑った男がいて固まった。

「そう」

怖い顔が何故かアニキそっくりでおれは思わず手を伸ばしそうになったがその前に男が前を向かせて背を押してきて歩き出してしまいもう振り向く事はできなかった。

ただ“振り向くな”と言われただけなのに何故かその忠告を聞かなければならない気がしたからだ。

狭く一本道の路地裏を夕暮れの中走って、走って、走って──

(なんで、ずっと日が沈まないんだ?)

そう思った瞬間、路地裏を抜けた。








広い広場の真ん中。噴水が流れ、街のシンボルに書かれた文字を眺めていてハッとする。

辺りを見渡すといつの間にか真夜中になっていた。

海図を盗み出すのに少し時間がかかってしまい海賊に追われている状況だと理解していればこんな目立つ場所にボウっと立っているなんて命知らずにも程がある。幸い周囲には誰もいないと海図のついでに手に入れた宝石を握りしめて港へ向かう。

島の反対へ向かう道で何度も目撃させたので奴らは反対の港に今頃張り込んでいるに違いない金を掴ませて偽の目撃情報も仕込んだ。とはいえのんびりしていられる訳でもない時計を見ると船の出港時間まで30分とギリギリだ。

走り出すと夏島の温い空気がまとわりつて振り払うように足を早める。何故か疲れは感じなかった長い時間あそこでぼんやりしていた様なのに見つからなかったのは運が良い。

なんとなく噴水を振り返る。


会いたい人に会える街。

別にそんな奴はいなかった。

どこにも。


前を向いて坂道を転がるように駆けていった。


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